私の経営学入門の授業では、幸せの定義の回の後に感想文を提出してもらっています。幸せという抽象的なテーマを可視化する方法論に対する感想もあれば、幸せの定義や評価そのものに対する意見などもあります。そして、授業ではあまり触れていないことで生徒からの質問が多いのが「辛いときの対応」についてです。
いくら合理的に幸せを追求しても人生には辛いこともあります。最終章では、そんな辛い状況に陥ったときの考え方についてまとめました。
人生は、楽しいことばかりではありません。困難や面倒なことが次から次へとやってくることもあります。人は苦境を乗り越えて成長するわけですが、避けて通りたいこともたくさんあると思います。
困難や面倒なことを避けることは良くないと考える人もいます。チャレンジして失敗するのは良いが、チャレンジしないのはダメという意見です。しかし、それは正解なのでしょうか。チャレンジの結果、失敗しても何かを得ることができれば確かに良いのでしょうが、チャレンジの結果、嫌な思い出だけが残った、ただの時間の無駄だった、ということもあるかもしれません。
自分のことは自分が一番よく分かっています。そういう意味では、目の前の嫌なテーマにチャレンジするべきか、あるいは止めた方がよいかは「自分」で判断する必要があります。その代わり、自分が決めたのだから他人のせいにしてはいけません。自分で決めて自分で責任を取るという当たり前のことをやればよいのです。人からアドバイスをもらったとしてもそれを実行するかどうかは自分で好きに決めるのです。そして、目の前の嫌なことから逃げたとしても卑屈になる必要はありません。「やっぱり、できない!」というあっさりした気持ちでいればよいのです。卑屈になってしまうと、逃げたことを引きづってしまいます。「私は逃げた人」と思うのではなく、自分の気持ちの通り正直に行動したと、前向きに考えることが人生を快適にする秘訣の一つです。
避けられる困難は自分の判断で避けて通ればよいのですが、回避できない困難もあります。真面目に生活していても、自分の力ではどうしようもないマイナスの状況に突入してしまうことがあるのです。
辛い状況を解決するためには、その原因を考えることが大切です。前述(第一章の8)の通り、マイナスの状況の背景には精神的なショックと金銭的なショックがあります。このマイナスの要因を取り除けばよいのですが、簡単にいかない場合もあります。
もしも、辛い時間が長く続いた場合は、一度、生活の「基準」を見直してみてください。
人にはそれぞれ「基準」があります。何事にも自分が感じる「〇」「×」「△」があります。辛さにも人それぞれの基準があります。ちょっとしたことで「辛い」と感じる人もいれば、ちょっとやそっとでは、「辛い」と感じない強者もいます。
辛いと感じているときは、自分にとっての「普通」よりも下の状態にいるということです。ちょっとした努力や時間の経過で「普通」に戻ればいいのですが、辛い状態が長く続いてしまう場合もあります。もしも、「普通」のレベルに戻るのが難しい、時間がかかると感じたときは、辛さの基準レベルを落として、辛い今の状態を「普通」にします。つまり、これまでの価値観や生活を一度リセットするのです。
価値の基準を下方修正するのは、これまでの習慣やプライドが邪魔をしますが、これは一時的な対策であると考えます。「これからいくらでも復活は可能だ。しかし、今は辛抱する必要がある」と自分に言い聞かせ、基準レベルを下げることを受け入れて、自分の気持ちを楽にさせてあげるのです。
たとえば、スポーツ選手が再起不能の大けがをしたとします。これまではスポーツで活躍することを「普通」と考えていましたが、一度リセットして、別の基準を設定する必要があるということです。あるいは、ビジネスで失敗して、財産を失う事になったとしても、失った後の状態を一回「普通」の状態と受け入れて、また一からやり直すという考え方です。
辛いときは基準を下方修正しますが、その逆はどうでしょうか。
生活レベルが上がれば「普通」の基準も自然とアップしていくはずです。普通のレベルがアップすることは喜ばしいことですが、基準を上方修正することにこだわる必要はありません。生活レベルがアップすれば基準も知らず知らずの内に勝手に上がるものです。つまり、人間は贅沢な生活にはすぐに慣れてしまいますが、贅沢から逆戻りすることに関しては大きな抵抗を感じるということです。この辺の心理を上手にコントロールすることができたら、正直で楽な生き方ができるはずです。
辛いと感じて基準レベルを下げた後はどうすればよいでしょうか。
辛くなった原因を考え、取り急ぎの対策を施した後は、気持ちを切り替えてチャンスを捕まえに行くのです。とくに、辛い原因が金銭的な要因の場合は、受け身の姿勢ではなかなか好転しません。積極的に動いてチャンスに巡り合い、チャンスを活かすことが復活の近道です。
チャンスは変化のある所に訪れます。変化の多い場所で自分が積極的に行動すれば、必ずチャンスはやってきます。ますは、周囲の変化と同じスピードで動くこと(敏感になること)によって周囲の状況が見えてきます。現状を把握できたら広く俯瞰する気持ちでさまざまな可能性を検討します。そして、チャンスを逃さず捕らえて現状を打破してください。あるいは、自らチャンスを作り新しい道を切り拓いてください。自分の強い気持ちと信念が頼りです。
もう一つの選択肢は、復活することを考えるのではなく、基準を下げた生活の中で幸せを見つけるということです。新しい生活で楽しみとしてやりたいテーマを実行することができれば、無理に復活を意識する必要はありません。人生にはいろいろな楽しみ方があります。どんなレベルの生活でも幸せになるチャンスはあるのです。
人生で失敗したときは、生活レベルを上げることだけを考えるのではなく、第二の人生と割り切って、新しい道をマイペースで歩むのも素敵な生き方だと思います。
辛いときに、手助けをしてくれるのは家族や友人です。直接的な支援をはじめ、有効なアドバイス、あるいは相談相手になってくれるだけでもありがたいものです。
日頃から大切にしたいのが親しい人との信頼関係です。信頼関係が深ければ、お互いに有効な手助けができます。自分のことをよく知る人の客観的な意見は的を射ていることが多いはずです。
信頼関係を築くためには、ある程度の時間を一緒に過ごす必要があります。さらに、苦楽を分かち合えるような経験をすれば関係は一層深まります。
長い時間、あるいは余裕がないときに偽りの自分を演出し続けることは困難です。たとえば、部活動などで一緒に汗を流した友人、一緒に旅行へ行った友人、仕事で苦楽を共にした仲間は、お互いの人間性をよく知っています。そして、その中でも気の合う人とは強い信頼関係が築かれます。
信頼関係の基本は正直な関係性です。相手に偽りの姿しか見せていなければ、的確なアドバイスは期待できません。家族に対して、心を許せる友人に対しては、いつでも正直に自然体で接することが大切です。
友人や知り合いがたくさんいても、本当に信頼できる人が誰もいなければ、自己否定につながる寂しい気持ちになります。本音で話せる人を大切にして、辛いときには励まし合うことが人生の大きな支えになります。
正しい行動とそれに対する感情が一致しないことがあります。こうするべきだと分かっているけど嫌だ、ということです。
多くの人は、幼少のころから合理的な思考に基づいた教育を受けているので、合理的だと判断したら感情的にも賛同できると思います。しかし、ときには理屈ではこれが正しいと分かっていても感情的に受け入れられない(あるいは途中で気が変わる)ことがあります。
たとえば、親友とのお得で楽しみが満載の旅行をキャンセルしたい、自分が発起人となったプロジェクトで周囲は喜んで協力しているのに途中で面倒になる、目の前に困っている人がいても見て見ぬふりをする、結婚式を明日に控えてやっぱり違うと感じる、というように、本来とるべき行動と自分の気持ちに隔たりを感じることがあります。
自分だけの問題であれば好きに行動すれば良いのですが、相手のことや、これまでの経緯(努力)のことを考えると、どうしたらよいか分からなくなります。しかし、一つ言えることは、自分の気持ちに嘘をつくことはできないということです。楽しくないのに「これは、絶対に楽しいことだ。楽しいと感じない自分がどうかしている」などと、偽りの感情を受け入れることはできないのです。
このような矛盾する気持ちになったときは、状況を整理して自分の正直な気持ちと向き合う必要があります。
一人で考えても堂々巡りになってしまう場合は、家族や親しい人に相談するとよいでしょう。相談することによって、自然と気持ちが整理されて、道筋が見えてくるはずです。
大切なことは、「ちょっと違うな」と感じたときは、一度、自分の気持ちを確認することです。そして、さまざまな角度から、今の状況を振り返ります。方向転換は悪いことではありません。自分の道は自分の正直な気持ちで決めるのが一番なのです。
つらい状況から抜け出せるかどうかの鍵は、そこから抜け出したいという意思があるかどうかです。
「がんばってどうにかしたい!」と考える人には「希望」があります。しかし、「もうどうでもいい」とあきらめてしまっては何の進展も期待もありません。
辛いときの原動力になるのは「希望」です。希望の先に幸せが待っています。
希望を持つことは簡単です。あることを達成したいと思えばよいのです。意思を示せばよいのです。
どんな状況になったとしても希望さえ持てれば、復活のチャンスはあります。そして、希望を実現させる道筋を探すことができたら、がんばって目的まで前進すればよいのです。辛いマイナスの状況をゼロ地点まで前進することができれば、幸せはもう目の前です。ゼロ地点に到達できたら楽しみとしてやりたいテーマを見つけて、実行することも増えるはずです。楽しいと感じることが増えたら、もう不幸ではありません。辛い時期を脱出できたと言えるでしょう。