日常生活において「基準」についてことさら意識しなくても大きな問題にはならないでしょう。わざわざ意識しなくても何となく物事の基準を理解して、無意識のうちに理にかなった常識の範囲内の行動をしていると思います。しかし、たとえ意識をしていなくても何事にも基準が存在します。
まずは、「基準」について思いついたことを整理して箇条書きにまとめました。以下を足掛かりに基準についての理解を深めていきましょう。
(1)あらゆる物事に基準が存在する。
基準についての話をするときの常套句として私は、「基準とは〇 × △である」と言います。そして、人はいつでも五感から入ってくる情報に対して、頭の中で「〇 × △」と勝手に評価をしていて、それがその人の個性や性格をよく現しているのです。人の個性や性格は、その人のあらゆる物事に対する基準の集合であると言えます。
たとえば、食事であれば、美味しさ、見た目、量、栄養バランス、価格などについて瞬時に「〇 × △」の評価を勝手にします。人間関係なども相手の印象を「〇 × △」で評価します。評価ということを意識していなくても、会話をすれば、「そうだね」「分かるー」「ちょっと違うかな」「それはあなたがおかしい」というような気持ちの動き(感想)があるはずです。これらの感想は自分の中に基準があり、その基準に対して感じているのです。
ある人と長く接すると、その人のさまざまな物事に対する基準が分かってきます。そして、その基準に共感することができれば親近感を覚えます。価値の基準が似ている者同士は仲良くなりやすい傾向にあると言われていますが、同じものに対して同じような感想を持つ者同士なので当然のことかもしれません。
自分が勝手に評価をしても良いテーマの場合は、自分の中にある基準を適応すればよいのですが、多くの人が共有しなければならないテーマの場合は、あらかじめ基準をはっきりさせる必要があります。つまり「〇 × △」の判断基準を具体的に設定する必要があるということです。
たとえば、何かを売る仕事の場合、どれだけ売れば「〇」なのか、という基準を決めておかなければ、評価が曖昧になってしまいます。一日で10個以上売れば「〇」、5~9個は「△」、4個以下は「×」というような基準をあらかじめ決めておく必要があるということです。
基準を決めておくことは、あらゆる議論の前提になる重要なことです。そして、一旦基準を決めてしまえば、その基準に従って話を進めればよいので、もめる事は少なくなります。
ビジネスにおいて評価するシーンは数多くあります。商品やサービスの評価から、昇給や昇格を決める人事評価などもあります。個々の直感的な「〇 × △」ではなく、あらかじめ関係者が納得できる基準を定めて、その基準に沿って評価を実施する必要があります。
特にリーダーは、納得の基準を作り、部下の仕事を後押しする役割なので基準についてしっかりとした考えを持ち、関係者に伝えることが重要です。
3.自分を好きになる
物事を理解すると、知る前よりもそのものが身近に感じるはずです。親近感を覚え好きになることもあります。もちろん、知って嫌いになることもありますが、全く知らないよりも、知って嫌いになる方が、そのものが身近であると言えます。
たとえば、仲の良い友人のことはよく知っているはずです。長所や短所だけでなく、考え方や行動パターンなんかも分かっていると思います。本人に確認しなくても〇〇(友人)だったら、こんな時はこのように行動するはずだと、本人がとりそうな行動も言えてしまうくらいです。仲の良い友人の特徴や個性についてレポート用紙1枚にまとめるという課題があったとしても難しくないはずです。
友人とはさまざま対話をしています。対話を通して相手を理解します。対話の結果、嫌いになる場合もありますが、対話をせずに好きになることはありません。相手に好感を持つためには、相手を知ることが大前提なのです(ちなみに対話したことのないアイドルやアーティストなどへの想いは、「好き」ではなく「あこがれ」だと考えます)。
「自分自身」についても同じことが言えます。自分を好きな人は、自分の短所や長所、好き嫌いなどをよく知っているはずです。逆に自分が嫌いな人は自分と向き合うことを避けて、結果として自分のことをよく理解していないのではないでしょうか。このように考えると自分自身を好きになるためには、自分自身のことを知ることが重要だということが分かります。
多くの人は、「自分のことはよく分かっている」と思うかもしれませんが、本当にそうでしょうか。友人に指摘されて初めて気づいた長所や短所はなかったでしょうか。特に自分のことがあまり好きではない、自己肯定感が低い場合は、ぜひ自分との対話を増やして、もっと自分のことを理解してください。自分にとっての好き嫌いや疑問に思っていることを自問自答するのです。
簡単なスタートとして何かのイベントや印象に残った出来事があった日は、それを振り返ることから始めるとよいでしょう。楽しかったこと、疑問に思ったこと、後悔したことなどを想い浮かべるのです。
ここで重要なのが、自分の感想や考えを客観的にある程度追求することです。自分を客観視することは意識しないとなかなかできません。今日の出来事に対して「〇〇が楽しかった」でも「××は不愉快だった」と振り返ることがあっても「なぜ自分は、〇〇は楽しく感じて、××は不快に感じたのか」と考えを発展させることは、哲学的な思考が好きな少数派だと思います。しかし、この思考の追求が大切なのです。そして、自分を客観視して結論まで導くことを目指します。
自分との対話、あるいは自分の長所や短所を明らかにすることはちょっと面倒だったり、照れくさかったりするかもしれません。時間的なゆとりも必要です。しかし、仲の良い友人のことを考えてみてください。仲の良い友人とは多くの時間を一緒に過ごしているはずです。一緒に過ごす時間があり、そして、さまざまな感想があるから互いをよく知り、仲良くなり、好きになるのです。
それでもまだ自分との対話や振り返りに抵抗がある人は、自分の好き嫌いなどの「基準」から意識するとよいでしょう。例えば、好きな芸能人は誰か、逆に嫌いなのは誰か、なるべく多くリストアップします。そうすると好き(嫌い)だと感じた芸能人に共通する何かが見えてくるはずです。それがあなたの持っている基準の一つなのです。
好きな食べ物、好きな色、人、空間、本、映画、服、天気、スポーツ、楽しかった思い出など、テーマはいくらでもあります。つまり、自分との対話のネタはいくらでもあるのです。
また、嫌なことがどうしても頭から離れないことがあったとします。そんなときのためにも、あらかじめ自分が好きなことやもの(好きなネタ)を準備しておくと便利です。嫌なことが頭から離れないときは「〇〇について考える」や「〇〇をする」とあらかじめ決めておくのです。
自分との対話を面倒がらずに、しっかり向き合えば自分のことを知ることができます。自分を知れば、どのように変えたらよいか、あるいは、もっと好きになるために取るべき行動などが見えてきます。
特に若いうちは、さまざまなことを経験して、たくさんの好き嫌いを感性豊かに表現することが重要です。そのためにはなるべく積極的に行動するのです。積極的な行動にはエネルギーが必要です。失敗したときのリスクを考えてしまうかもしれません。だからこそ体力があり、多少の失敗は許される若いうちに多くのことを経験するのです(失敗は恥ずかしくありません。失敗を不自然に隠すことが恥ずかしいのです)。多少面倒なことでも「ちょっと興味がある」「おもしろそう」と感じた場合は、ぜひチャレンジしてください。その結果、自分に合っていなければ、いつ辞めてもよいのです。結果がどうであれ、チャレンジする精神はきっと先の人生の役に立つはずです。
世の中にはさまざまな生き方があります。
社会で活躍する人、お金持ちを目指す人、あるいは、仕事はそこそこにして、趣味を中心に生きる人など、いろいろな生き方があります。
どのように生きるかは本人の自由ですが、一つ言えることは「嫌なことは長続きしない」ということです。当たり前のことのようですが、特に仕事や人間関係において、嫌なことを我慢しながら続けている人は意外と多いのではないでしょうか。
世の中には、必要な我慢と避けることができる我慢があります。自分の考え方(生き方)を少し変えるだけで、多くの我慢は避けられるのです。
我慢のモチベーションが「自分の夢を叶えるため」や「家族のため」など、自分で納得している場合はよいのですが、我慢のモチベーションがよく分からない場合があります。「仕事だから仕方がない」、「現状を変えるのが怖い」あるいは、「自然体の自分よりも周囲の評価が大事」と考える人もいると思いますが、そんな我慢はしたくありません。
自然体の自分よりも周囲の評価を気にして頑張っている人は、自分の基準を押し殺して、周囲の基準に従って生きているのです。自分の基準と周囲の基準に大きな差がなければ問題ないのですが、大きく違う場合は、その差分の苦痛を感じているはずです。もし、自分の基準が周囲と大きく違うと感じるのであれば、そこはあなたの居場所ではありません。環境を変える必要があります。自分の基準と合ったところを求めて動けばよいのです。世界は広いです。きっと自分に合った場所が見つかるはずです。
「我慢」のほかにもう一つ、自分の基準を邪魔するものがあります。それは「嫉妬心」です。自分は「これで良い」と感じていても、近くでそれ以上の成果を目の当たりにすると複雑な気持ちになることがあります。
嫉妬心は向上や成長の原動力になる場合もありますが、「単純に羨む」ような嫉妬心は完全に断ち切りたいです。単純に「いいなー」と羨む嫉妬心からは何も生れません。何の発展性もないどころか、嫉妬心からくるマイナスの感情は気持ちのよいものではありません。
日常的に「あの人はいいなー、羨ましいなー」と感じる人は、嫉妬心が強すぎると自覚するべきです。そして、自分の嫉妬心を冷静に振り返り、自分の嫉妬心をコントロールする努力が必要です。そのための第一歩は、「人は人、自分は自分」と割り切って考えることです。もし、これが難しい場合は、嫉妬心を抱く相手から距離を置いてください。友人に嫉妬ばかりしている場合は、その友人はあなたのためになりません。絶交する必要はありませんが、一時的にでも距離を置くのです。友人から良い刺激をもらい、それが成長の原動力となればよいのですが、嫉妬心で終わるような場からは身を遠ざけてください。
自分の嫉妬心がそれほど強くない場合は、相手の問題ということが考えられます。つまり、自慢体質ということです。自慢をして周囲を嫉妬させることを目指している人はあまりいないと思いますが、さりげない自慢をして承認欲求を満たそうとする人は結構います。このような人に嫉妬心を感じる場合も距離を置くことをお薦めします。
このように考えると、相手に嫉妬心を抱かせない心構えも非常に重要だということが分かります。簡単に言えば「自慢をしない」ということです。最近はSNSなどを通して、さまざまなことを発信します。自慢するつもりがなくても相手に嫉妬心を抱かれたら、結果としてマイナスなのです。
目指すべき姿勢は、まず嫉妬をしない。逆に相手の成功を褒める、認める余裕がほしいです。さらには、不必要な自慢に気を付けることです。
簡単なことではないかもしれませんが、「人は人、自分は自分」の精神で臨んでください 。
5.自分の役割をしっかり考える
社会生活では、いろいろな人がさまざまな役割を担っています。たとえば、職場で任された役割もあれば、趣味のスポーツチームでの役割、あるいは、仲間とのバーベキューの際の一時的な役割なんかもあります。組織やチームなど、人が集まれば何かしらの役割が存在します。
実は、組織やチームなどではなく、個人で行動しているだけでも、何かしらの役割を担い、それに見合った責任が生じることがあります。責任と言うと重く感じるかもしれませんが、どんな役割でも何かしらの結果が期待されるということです。
ビジネスシーンであれば役割に対する結果が期待されることは容易に想像できますが、たとえば、レストランに入ったお客さんにもお客さんとしての役割があり、お客さんとしての責任が生じるのです。そのレストランに相応しくない態度をとる(役割に反する)ような場合は、お客としての責任を果たしていないことになります。
自分の役割とその責任が果たせるかどうかを考えるポイントは簡単です。少し先を考えるのです。
どのように行動すればよいか正解がイメージできる場合は自然体で臨めばよいのですが、慣れない役割や難しそうな役割の前は、全体を客観視してよく考えることが重要です。どのようなことが待っているかをイメージして、いろいろなケースを具体的に考えます。テーマが複雑な場合は紙に書いて頭の整理をするとよいでしょう。
たとえば、はじめて管理職に昇格したときは、戸惑うことが多いと思います。会社が求めている役割、部下が期待している役割など新しい期待と役割がたくさんあります。重要なのは、管理職としての役割についてしっかり考えて、どのように行動したらよいか方向性をあらかじめ決めておくことです。
難しいテーマにおいて自分の役割について考えるためには、時間が必要です。しっかり時間をかけて考えた結果であれば、自分の言動に責任を持つ気になるはずです。あるいは、想定外の結果になったとしても、その原因を特定して、次に活かすことができます。何も考えないで、結果だけを受け入れる生き方の方が楽かもしれませんが、それは、その人が本当に望んだことではないはずです。